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   日・イン・オランウータン保護調査委員会

日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会は野生のオランウータンの保護とその調査の為1990年につくられました。当時調査地は拡大する石炭開発のため危機に瀕していました。このための対策として委員会の設立が急がれたわけです。こうして現在、鈴木 晃博士(元京都大学霊長類研究所)を中心に、現地で現地の住民によるオランウータンの保護活動への取り組みという新しい動きが進んでいるのです。

代表の鈴木 晃博士は1964年以来、アフリカと東南アジアの森で、大型類人猿、なかでも特にチンパンジーとオランウータンの野生の生態と彼らの社会生活の研究を行っています。

以下、丸善新書「夕陽を見つめるチンパンジー」(1990 鈴木晃)あとがきより抜粋

「大半の期間を、私は熱帯林の中で過ごしてきた。特に後半のオランウータンを観察した現地は、その高温多湿の度合いにおいて、アフリカの森の比ではなかった。ヒトの寿命にせまる長寿を保つ大型類人猿の社会を覗きみるためには、どうしても、彼らの成長過程と、その行く末を辿る必要があり、長期にわたる継続的な研究が不可欠なのは言うまでもない。海外でのそのような研究活動を遂行していく上で、日本の学術体制・社会の理解は、必ずしも欧米の状態に比して、恵まれてるとはいえない。 (略)

オランウータンに対象を移してからは、私は全く細々とした財源で調査を続けている。アフリカでの研究には、毎年いくつもの研究費の申請が通っているのに、東南アジアのこの分野ではなかなか申請課題が通過しないという現状が続いている。経済的にも大きな関係があり、第二次世界大戦中は大きな迷惑をかけ、距離的にも日本に近いこの地域での自然に関する研究が、日本で十分に理解されていないことは、全く不可思議なことである。それでも、私は何としてでも、オランウータンとそこの自然の長期調査と、現地で現地の住民によるオランウータンの保護の必要性を訴え、細々とでもこの活動を継続させていこうと今後も頑張っていくつもりである。

インドネシアで、現地の仕事の続行が困難に満ちているのは、経済的に同国と日本の結びつきがより深いが故に、研究等に構っていられない、ということが案外あるかもしれないが、それは少し筋が違うのではないかと私は感じている。資源はいろいろ買うけれども、また、市場としては利用させてもらうけれども、後の自然への配慮は知らない、それは同国におまかせするという態度では、これからの国際協力の関係はうまくいかないであろう。」

 

近年周辺の開発の勢いはスピードを増すばかり。こうした中で鈴木博士の取り組みは少しずつではありますが着々と進行しています。保護活動への支援のため、民間のオランウータン基金を設置。1993年には、念願だった調査基地キャンプ・カカップが完成。オランウータンの追跡調査とともに、1997年〜1998年の大山火事の際は消化活動でも活躍。森林を良く知ったスタッフ等の活躍で、周囲の大部分が燃えてしまった中、キャンプの周辺の森を延焼から救いました。お陰で焼け残った森には周辺からオランウータンが集まってきて、観察を続けているスタッフも大忙しです。山火事後は同時に森林の被災調査も行い、現在は調査地の北部に焼け残った森林を、新たなる国立公園として守るための活動も進めています。