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 キャンプ・カカップ

 

キャンプ・カカップは1993年、京都大学霊長類研究所の鈴木晃博士によって開設された野生オランウータン保護調査のための研究基地です。博士は1983年よりインドネシア・カリマンタン(ボルネオ)島の東部にあるクタイ国立公園内で野生のオランウータンの観察調査を行っています。

 高温多湿の熱帯雨林の中での長期観察のため、基地の造営は長年の夢でした。しかし、資金面、現地の国立公園との関係などからその実現は難しく、計画はなかなか進みませんでした。このため調査は博士と現地の協力者達によって細々と続けられてきました。当時調査地は一番近くの村からも、ボートで川をさかのぼること6時間ほどの森の中でした。博士は地元の村人の家に泊めてもらい、協力メンバーを集めては、調査隊を組織して森に入り、臨時のキャンプでの研究を進めてきました。資金面はもちろん、体力面、時間面からも大変なものでした。

 そうしているうちにクタイ国立公園の周辺では開発が急速に進行。調査地に隣接するところに世界でも屈指の石炭層が発見されるなど、クタイ国立公園は一大開発地の真中にぽつんと残される形となってしまったのです。1980年代後半からは研究活動もままならず、博士はもっぱら保護と調査の両立に追われています。

 1990年に入ると開発はますます激化。国際的な開発計画相手の一研究者の保護活動は困難を極めます。このままでは東カリマンタンのオランウータン生息地はなくなってしまうと懸念した博士は、1993年、見きり発車の形で基地の造営に着手したのです。このころになると現地での10年に及ぶ研究実績も認められはじめ、国立公園側も基地建設には好意的(インドネシア側は現地での外国人による基地の造営を正式には認めない)。自腹を切っての資金調達のなか、ようやく申請の認められた住友財団、トヨタ財団からの援助は基地開設への大きな後押しとなりました。

 キャンプの建設は、長年鈴木博士の研究を手伝ってきた地元の人々の手によって行われました。幸いメンバーの中にはイアンという大工の棟梁がいたので、彼を中心に木造高床二階建てのすばらしい建物ができました。地元産のウリンという硬いボルネオ鉄木を使ったこの建物は、洪水でも大丈夫な、メンバー自慢の建物です。この基地の造営によって、これまで熱帯の多湿、雨期の泥水などに妨げられてきた研究もずいぶんと楽になりました。メンバーはこの基地をキャンプ・カカップと名づけました。「カカップ」はキャンプの脇を流れるセンガタ川で採れるスズキ科の魚の名前です。キャンプを造った「ドクター・スズキ」と、これからも開発地と隣り合わせの川に魚が上ってくるようにという願いを込めてつけられた名前です。

 キャンプでは常時1015名がオランウータンの追跡活動に従事しています。熱帯林の中での長時間の追跡は森に関する知識はもちろん、非常に根気のいる作業です。彼らは交代で観察とキャンプの運営を行っています。

   キャンプの仕事 オランウータンの追跡

 

 

 キャンプの運営はオランウータン基金、カカップファンドなど民間の基金に頼っているため、財政面で常に大変です。結局スタッフの給料は周りの開発地で働く者よりはるかに少ない額とならざる得ません。それでもこの仕事への愛着からみんなはりきっています。

 しかしいつも問題がないというわけではありません。周辺の物価はこの数年、開発の拡大とともにうなぎ上り。中には仕事をボイコットするもの、逃げてしまうもの、いろいろいます。でも結局はみんな顔見知りの仲間同士、もちつもたれつの鈴木博士との関係が続いています。先日も、とうとう「賃上げ要求」が・・・。要求は結局痛み分け。わずかの賃金アップに応じるものの、スタッフもキャンプ運営費を節約して協力するということになりました。「確かに、こんなに薄給なのはかわいそうだよなあ・・・」と鈴木博士はつぶやくものの、財源のあてはありません。今後も孤軍奮闘が続きそうです。

どうぞ日本のみなさん、企業のみなさん、キャンプ・カカップの活動をご理解・ご支援ください。採掘された石炭の3割、原油・液化ガスの6割から8割は日本にやってくるのです。